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パラスポーツインタビュー詳細

高橋 朋子さん(全日本ろう者空手道連盟会長、空手道教室「朋心会(ともしんかい)」師範)

高橋朋子さんの写真

プロフィール

名 前

高橋 朋子(たかはし ともこ)

生 年

1977年

出身地

東京都

所 属

全日本ろう者空手道連盟会

https://www.facebook.com/tomoshinkai2013/(朋心会)

http://jdkf.jp/(全日本ろう者空手道連盟)

1977年生まれ、東京都出身。聴覚障害がありながら幼少期からスポーツが好きで、水泳などに親しむ。高校に入り、空手教室に入門。聴者とともに心技体を磨いた。社会人になり、テコンドーやキックボクシングへと格闘技の幅を広げたのち、当初から憧れていた空手指導者への道へ。現在は、日本のろう者空手指導者の先駆者として教室を開くほか、全日本ろう者空手道連盟を設立し、社会への理解促進や普及啓発活動を行っている。

日本手話で教える空手道教室「朋心会」師範の高橋朋子さん。都内と埼玉県の5カ所で教室を開き、ろう者や難聴者、聴者の道場生を指導しています。「聴こえないから空手はできない、という状況をなくしたい」と話す高橋さん。道場生には、努力を続けることでいつか報われる、と伝え続けています。そんな高橋さんに、空手の魅力やろう者空手の未来像についてお聞きしました。

※聴者:聴覚に障害のない方

※聴覚障害者を下記のように分類することもある

ろう者:ほとんど聞こえず、手話などの視覚的なコミュニケーション手段が必要な方

難聴者:補聴器などを用いて音声によるコミュニケーションが可能な方

(参考:障害者スポーツ指導教本 初級・中級<改訂版> 第5版)

空手を始めたきっかけは何ですか?

 幼いころは身体が細く、強くなりたいという気持ちがありました。中学生の時に偶然、近くに空手道場があることを知って入門を希望したのですが、当時は危ないからと家族に反対されて諦めたんです。でも、その想いを断ち切れず、高校に入ってから友人に頼んで空手道場に電話をしてもらったところ、先生が「聴こえなくてもいいから見学においで」と言ってくださって。家族も説得して入門することができ、そこから私の道が開けました。

稽古で指導者の声が聴こえず、苦労したことはありましたか?

 空手ノートにメモを取ったり、指導者と交換日記をして分からないことや疑問点など質問したりしました。苦労もしましたが、「継続は力なり」が私のモットー。最初は出来なかったことも稽古を繰り返し行うことでいつしか自分の技となり、それが強みになります。空手は心身ともに自分を強くする武道であると実感しています。

手話を使ってインタビューに答える高橋さん。「聴こえなくても諦めないで」との言葉が印象に残る

2013年に設立された「朋心会」の活動について教えてください。

 日本手話で教える空手道教室です。当初の練習生は2名でしたが、口コミにより入門者が増えてきて、7年目の現在は50名近くの練習生がいます。入門から中級者向けまで、レベルにあわせて、基礎や礼儀作法、形、組手の技や応用編など、いろいろな稽古をつけています。朋心会の場合は、稽古中や休憩時の会話はすべて日本手話です。聴者の参加も歓迎しています。あらゆる人たちのサードプレイスとして、「空手」と「日本手話」を楽しんでもらえたら嬉しいです。

※手話についてはこちらをご参照ください

https://www.jfd.or.jp/2018/06/19/pid17838(一般社団法人 全日本ろうあ連盟HP)

稽古はまず挨拶から始まる。ピリッとした空気に包まれる
太鼓の響きにあわせて一つひとつの技を確認していく道場生たち
レベルにあわせて丁寧に指導していく高橋さん
休憩中は道場生との会話を大切にしている

手話を使っての指導で苦労していることはありますか?

 音が聴こえない道場生に、技のキレを伝えることに苦労しています。力強い技は、道衣の摩擦音が大きいのですが、それが道場生たちには聴こえないため、力加減がつかみにくいんです。感覚を身体で覚えるしかないので、それを教えることが難しいところですね。

今後、朋心会をどうしていきたいとお考えですか?

 道場生は増えていますが、指導者は私一人だけです。現在は、日本手話で指導できる指導者の養成にも力を入れていて、朋心会で『空手の手話』というDVDを作りました。全国の指導者や関係者にこのDVDを広めたいですね。また、都内だけではなく全国各地にいるろう者が、日本手話で空手の指導を受けられるような環境を増やしていきたいと考えています。

日本手話で指導できる指導者養成のため、朋心会でDVDを作成した
DVD『空手の手話』

2016年10月には、全日本ろう者空手道連盟(JDKF.)も設立されましたね。

 その前年に開催された第11回全日本障がい者空手道競技大会では、過去最多の189名の選手がエントリーし、聴覚障害者部門の枠が増えました。子どもたちが触れ合い、翌年もまた会おうと別れを告げる場面を目にし、聴こえない仲間同士が集まり、一緒に空手を頑張れる場をもっと与えるべきだと考えさせられました。これをきっかけに、空手をやっているろう者と難聴者を中心に、合同稽古や合宿、選手同士の交流や情報交換、レベルアップなどを目的とするJDKF.を発足させました。現在は、高校生からシニアで構成している「正会員」が約20名、小・中学生までの「ジュニア会員」が約30名、「未就学会員」が約5名います。また、空手をやっていないろう者や聴者約30名が「賛助会員」として所属しています。

(会員案内はこちら https://www.jdkf.jp/member/

とくに力を入れている事業は何ですか?

 「音声が見える空手道大会」の主催開催です。聴者も多く参加するこの大会は、ろう者や難聴者も分かるように、審判員が「はじめ」の合図と同時に手話で「はじめ」と説明します。また、組手の時の「やめ」は赤ランプ、「15秒前」の合図は青いランプが光るようにしています。形名はろう者は手話で告げるので、逆に審判員や聴者がわかるように形名を書いた紙をスタッフが見せてまわります。こうして「見てわかる情報」を整備しているのが特徴です。この大会で実績を残した選手は、日本代表選手を目指した強化稽古に参加できる可能性があり、世界ろう者空手道選手権大会やデフリンピック夏季大会出場へと、チャンスが広がっています。

※組手:8メートル四方の競技場で2人の選手が1対1で戦う

※形:仮想の敵に対する攻撃技と防御技を一連の流れとして組み合わせた演武

出典:公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会HP

形「松村鷺牌(マツムラローハイ)」を披露してくれた

子どもたちや聴覚障害がある人たちへ、メッセージをお願いします。

 今でも、聴こえないから危ないといった理由で、参加できない大会があります。その状況を少しでも改善していくことが近い目標です。でも、「聴こえなくても空手はできる」ことを社会に発信続けることで、今では全国からろう者の空手家が集まるようになり、教え子たちも増えてきました。朋心会を応援してくれる仲間たちや指導者仲間からも大きな刺激を受けていますし、中途半端にやめないで続けてきてよかったと心から思っています。私はこの空手の人生に感謝しています。みなさんにも、もしかしたら「聴こえない」ことを理由に習い事やスポーツを挫折したという経験があるかもしれません。でも、どうか諦めないでください。私たちが環境を変え、未来の子どもたちの選択肢を広げていきたいと思っています。そして、オリンピック競技にろう者アスリートが出場することが珍しくない未来になったらいいですね。

朋心会「練馬支部」の道場生と集合写真

(取材・文/MA SPORTS、撮影/植原義晴)