みんなの声礒田俊一郎さん

みんなの声

礒田俊一郎(いそだしゅんいちろう)さん(いたばしピンポンクラブ部長)

1965年生まれ、東京都出身。平坦でつなぎ目がない専用の卓球台の上で金属球が入ったピンポン玉をネットの下を転がして打ち合って点数を競う、サウンドテーブルテニス(STT)のプレーヤー。中途障害で全盲になり、46歳で競技を始めると、わずか9カ月で東京都障害者スポーツ大会(兼全国障害者スポーツ大会派遣選手選考会)の頂点に立った。その後もめきめきと力をつけ、2017年全国障害者スポーツ大会STT種目2部(40歳以上)でリーグ優勝、2018年全国視覚障害者卓球大会3位、2019年同2位の成績をおさめる。現在は「いたばしピンポンクラブ(IPC)」の部長を務める。


※全国障害者スポーツ大会STT種目は、出場者を3~4人のリーグに分けて試合を行う。リーグ優勝者同士の順位決定戦等は行わない。

都内の特別養護老人ホームで機能訓練指導員として働きながら、競技に取り組む礒田(いそだ)さん。月に3回、IPCで練習に励むほか、週に2回は仕事のあとに個人練習で強化を図り、数々の大会で結果を残しています。「サウンドテーブルテニスに、すっかりハマってしまって」と笑う礒田さんに、競技を始めたきっかけや、仲間と2014年に立ち上げたIPCへの想い、目標などをお聞きしました。

礒田さんは、「視覚障害者ができる数少ない球技の個人種目。自分の責任でプレーできる点に、ハマっちゃいました」と笑う

アイマスクを着用し、個人練習で汗を流す

・礒田さんが発起人の一人となり、IPCを結成されました。どんなクラブチームですか?

板橋区を拠点に練習する地域密着型のチームです。視覚に障害がある選手が6人所属しています。私たち視覚障害者は日常の移動支援ではガイドヘルパーのお世話になりますが、チーム内のラリー相手や球拾い、卓球台の設置や簡単な誘導をしてくれるのは、募集をかけて集まった大学生や小学校の先生、高齢者といった地域のボランティアさんです。みんな無理なく続けてほしいから、選手・ボランティアさんとも、必ず面談して話を聞くようにしています。活動は月に3回程度。加えて、月に一度、地方の選手をゲストとして招き、一緒に練習したり交流会を開いたりして、親睦を深める機会を作っています。京都や名古屋、下田、仙台などからも来てくださるんですよ。IPCはこうした「仲間の輪づくり」と、指導層としての選手を育てる練習を大事にしています。

・指導層としての選手を育てる練習とは、どういうことでしょうか?

IPCでは、ある程度の成績を残した選手は卒業して、新しい方を入れるという方針なんです。というのも、競技の発展のために、実力がついたら今度は指導者として、その方の地元で選手の育成に力を注いでもらいたいからです。実は今年の春、はじめてIPCからその卒業生が誕生します。それが私の夢だったので、嬉しいですね。

・礒田さんとサウンドテーブルテニスの出会いを教えてください。

33歳から38歳まで、働きながら通信制の大学に通っていましたが、卒業したとたんに、やることがなくなって、気持ちに穴があいてしまったんです。仕事が休みの日にはテレビを何となく観ている生活が数年続いて、これは良くないなと思って……。以前、グランドソフトボールでピッチャーをしていた時期があったので、ピッチング練習を再開しようと東京都障害者総合スポーツセンターを訪ねたところ、「相手をする人がいないので、代わりにどうでしょう」と紹介されたのがサウンドテーブルテニスでした。この時、46歳。最初はラケットにボールが当たらないし、正直つまらなかったです。でも、大会出場を勧められてエントリーした全国障害者スポーツ大会の東京都派遣選手選考会で、競技を始めて9カ月だったのに優勝してしまったんです。それから他の大会でも成績が残せるようになったので、「みなさんに恩返ししたい」と立ち上げたのがIPCというわけです。

卓球台はボール落下防止のため、高さ1.5㎝のエンドフレームとサイドフレームが取り付けられている。また、ラケットはボールの音が消えないように、ラバーを貼らない木製ラケットが使用される

センターラインの目印として、選手が触ってわかるように突起物がついている

・全国視覚障害者卓球大会では、2年連続で表彰台に立っておられますね。

今年はもちろん、1位を目指します。そこしかないでしょう、私には。去年の決勝は5ゲーム目までもつれる接戦で、ファイナルゲームは5-2と優勢で折り返したのに、最後は私のスタミナ切れで負けてしまいました。自分の調整ミスなので、今年はしっかりと体力をつけて臨むつもりです。

※1ゲーム11ポイント、3ゲーム先取で勝利の5ゲームマッチ

・勝つために大事にしていること、ご自身のストロングポイントは?

勝負のカギを握るのは、ボールの音を聞き分ける集中力です。高度な駆け引きがある競技なので、イメージトレーニングも大事にしています。そして私が得意とするのは、速いサーブ。通常のフォアハンドからのスピードボールだけでなく、センターからラケットを立てて打つとか、少し特殊なものを含めて、複数のサーブを持っています。個人練習でも力を入れていますね。

集中力を高めてボールの軌道をサーチする礒田さん

ラケットを立てて打つ独自サーブなどを武器とする礒田さん。直近では3月の東海大会での優勝を狙っている

・サウンドテーブルテニス界の今後に期待することはありますか?

サウンドテーブルテニスは、以前は盲人卓球として行われていました。盲人卓球の歴史は古く、日本で1933年に当時の視覚障害者の運動目的で栃木県の足利盲学校の沢田先生が考案されたようです。それから87年が経過していますが、残念ながらいまだ海外では普及していません。世界の視覚障害者のみなさんにもぜひ楽しんでもらえるスポーツとして発展し、近い将来、パラリンピック競技になることを願っています。余談ですがIPCのメンバーにその沢田先生から英語の授業を受けたことがあるという者がいます。何かの縁ですかね!

(取材・文/MA SPORTS、撮影/植原義晴)

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