特集第17回日本デフ陸上競技選手権大会 兼 第24回夏季デフリンピック競技大会日本代表選手選考競技会 兼 第1回日本デフU18陸上競技選手権大会

爽やかな秋晴れとなった10月3日、「第17回日本デフ陸上競技選手権大会」が駒沢オリンピック公園総合運動場陸上競技場で開催された。聴覚障害者が目指す世界最高峰の大会である第24回夏季デフリンピック競技大会(2021年12月 ブラジル開催)の日本代表選手選考競技会(一次選考)と、第1回日本デフU18陸上競技選手権大会を兼ねた今大会には、日本全国からデフ陸上のトップ選手が集結。新型コロナウイルスの感染拡大後、初開催となる大舞台で、女子5000mで澤木(さわき)はな(静岡産業大)が大会記録を上回って優勝した。



練習環境の変化やトレーニング不足を乗り越え記録に挑戦

 当初、2日間での開催が予定されていた今大会は、エントリー状況と新型コロナウイルス感染予防の観点から、1日開催に変更し、無観客で行われた。複数競技に参加する選手にとっては負担となるが、可能な限り余裕をもったタイムテーブルを組むなど配慮され、感染拡大防止対策にも細心の注意が払われ、実施された。自粛期間中は練習拠点の競技場などが使用できず、思うような練習が積めなかった選手も多かったが、そのような中でも女子5000mに出場した澤木が唯一大会記録を上回った。


無観客ながら、選手からは開催に感謝する声が多数上がった

 澤木は18分41秒02で優勝。練習不足の影響もあり、自身が持つ日本ろう記録の17分46秒97には届かなかったが、デフリンピックへの派遣標準記録をクリアし、メダル獲得に向けて気を引き締めていた。


後続をどんどん引き離して疾走する澤木

 男子短距離の注目は、健常者の大会にもエントリーする山田真樹(やまだまき)(渕上ファインズ)。前回のデフリンピック(トルコ・サムスン)で男子200mと4×100mリレーで金メダル、400mで銀メダルを獲得している日本のデフ陸上界を代表する選手のひとりだ。山田は今大会も快調な走りで100mを10秒95、200mを22秒13で制し、2冠を達成。目標としていた「100mは10秒7台、200mは21秒台」というタイムにはわずかに及ばなかったものの、「自分はもっと頑張れると思う」と伸びしろを感じた様子で、シーズンオフでのさらなる強化を誓っていた。


男子100mで山田は唯一の10秒台をマークした

 男子5000mと10000mの日本ろう記録ホルダーで、前回のデフリンピック日本代表の山中孝一郎(やまなかこういちろう)(東京陸協)は、今年初となるトラックレースながら、長距離2種目にエントリー。午前の10000mは32分53秒79をマークし、派遣標準記録を突破。続いて、午後の5000mも疲労が蓄積する中、15分58秒39で走り切った。山中にとって今シーズンの悩みは「マラソン大会が軒並み中止になり、実戦経験を積めないこと」だといい、コロナ禍における調整の難しさに直面していることを明かした。


長距離2種目で優勝した山中

2021年のデフリンピックに向けて、それぞれの想い

 男子800mと1500mで優勝した野口光盛(のぐちこうせい)も、練習を再開できたのが7月とあって、800mは2分00秒82、1500mは4分13秒16と、タイムは振るわなかった。来年からは、デフリンピック初出場を目指すため、種目を400mと800mに絞るという野口。彼にとって400mは新たな挑戦となるが、最高峰の舞台にかける覚悟をのぞかせた。


男子1500mで野口はライバルの森光佑矢(もりみつゆうや)(奥)を制して優勝

 女子800mと1500mで日本ろう記録と大会記録を保持する岡田海緒(おかだみお)(MURC)は、今大会でもその実力を発揮し、2種目の優勝を決めた。800mは2分20秒61と派遣標準記録にわずか1秒ほど足りず、1500mも4分56秒71と思うような記録は残せなかったが、「1日2種目を無事終えることができて、ホッとしている」と笑顔で振り返った。


 岡田は今回のコロナ禍について、「当たり前だと思っていたことのありがたさに気づく、よい機会になった」と話す。ひとつの大会が開催されるには、多くの人たちの協力があることを知り、試合に参加できることの喜びをしみじみと感じた様子で、来年のデフリンピック出場を視野に入れながら「自己ベストを目指していきたい」と、さらなる飛躍を誓っていた。


コロナ禍によって、岡田は多くの気づきを得たと話す

 途中で休憩を挟みながら、約2時間にわたり汗を流した参加者たち。閉講式では、fスポーツクラブの髙橋弘蔵(たかはしこうぞう)会長が「楽しかったですか?」と呼びかけると、参加者たちから「ハーイ!」という元気が声が返ってきた。


手話やランプ、視覚を駆使した大会運営

 デフ陸上では、競技場内で補聴器の使用が認められていないため、スタッフが手話やジェスチャーを用いて選手に指示を出すなど、スムーズな運営を行ううえでさまざまな工夫がされている。なかでも一番の特徴は、トラック競技のスタート時だろう。選手は、〈スターターの動作〉と〈光刺激スタートシステム〉といった視覚によるサインを読みとることで、スタートのタイミングを判断するのだ。クラウチングスタートは、スターティングブロックの前に設置されたランプが、「赤(オン・ユア・マークス)→黄(セット)→緑(号砲)」と変化。スタンディングスタートでは、スターターの動作と号砲に合わせてフラッシュする光を合図にする。


 次戦以降、デフ陸上の試合を観戦する機会を得た際は、ぜひこうしたデフ陸上ならではの取り組みにも注目してほしい。

クラウチングスタートとスタンディングスタートで、光の異なる「光刺激スタートシステム」

競技の灯を消さない! 大会開催を実現した関係者の尽力

 大会を振り返り、日本デフ陸上競技協会の竹花康太郎(たけはなこうたろう)会長は、7月に健常者の東京陸上競技選手権大会が今大会と同じ駒沢オリンピック公園陸上競技場で開かれ、さまざまなコロナ対策を講じて成功裏に終わったことに触れ、「しっかりと対策を立てれば開催できることを確信した」と話す。その言葉のとおり、今大会は選手やスタッフらの検温や消毒、ソーシャルディスタンスの周知、無観客での実施やライブ配信など、思いつく限りの準備をして、今季のデフスポーツ界初の大会開催にこぎつけた。対策ノウハウ等は今後、他の競技団体に共有されるという。


 2年前まで棒高跳の選手として活躍し、2013年のデフリンピック(ブルガリア・ソフィア)で銅メダルを獲得した竹花会長は、「選手に必要なものは、よき指導者と練習できる環境。環境が整わなければ選手のやる気も引きだせない」という信念のもと、日本デフ陸上競技協会の事務所にトレーニング機器を置き、選手がジムとして利用できるようにしたという。強化委員長でもある竹花会長をはじめ、スタッフも一丸となり、デフ陸上の競技力向上を目指し、また選手がよりよいパフォーマンスが発揮できるようサポートを続けている。


 多くの関係者の尽力によって開催された今大会は、参加した選手たちにとって、競技をできる喜びと、結果を得るためにはいかに準備が必要かを痛感し、来年に向けて決意を新たにする大きな意義のある大会となった。


 なお、デフリンピックの代表最終選考会は、来年5月に開催予定の日本デフ陸上競技選手権。これからのシーズンオフをどう過ごすかに、すべてがかかっている。


棒高跳びや円盤投げなど、道具を使用する競技では、試技のたびにアルコール消毒が行われた

「コロナ禍におけるデフスポーツ大会のモデルケースとなれば嬉しい」と話す竹花会長

(取材・文/MA SPORTS、撮影/小川和行)