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2020年度パラクライミングジャパンシリーズ第1戦

「腕だめしも歓迎!」新設のパラクライミング大会を開催

 カラフルなホールド(人工の突起物)がつけられた高さ15mの壁を、安全ロープを装着して完登を目指しながらどこまで登れるかを競うクライミング。11月7日には、一般社団法人日本パラクライミング協会が選手の競技力向上の場として新設した「2020年度パラクライミングジャパンシリーズ第1戦」が神奈川県立山岳スポーツセンターで開催され、全国から22人のパラクライマーがエントリーした。新型コロナウイルス感染症の影響で今季初の実戦となり、選手たちはいきいきとしたパフォーマンスを見せていた。

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身体ひとつで15mの絶壁に挑戦

 パラクライミングには「視覚障害(B1~B3)」「切断(下肢:AL1(車いす)~AL2、上肢:AU1~AU2)」「神経障害(RP1~RP3)」の3つの競技クラスがあり、障害の程度によってそれぞれにクラス分けがされている(※)。予選の競技時間は6分間で、各クラスとも2ルートの高度によって決勝進出者を決定。今大会は、予選出場者が2名以下のクラスについては予選で2ルートとも主催者が定めた基準高度をクリアした選手のみ決勝に進出できる方式で実施。その結果、14人が決勝に駒を進めた。
(※)競技クラスは、数字が小さい方が障害の程度が重いクラス

決勝進出への基準高度を記した各クラスのシール

 視覚障害クラスは、「ナビゲーター」と呼ばれる案内役がいることが特徴だ。ナビゲーターはスタート前の「オブザベーション」の時間に、ルートやホールドの位置を選手に説明し、選手はどのような手順で登っていくかを頭の中でイメージする。競技中もナビゲーターが「12時の方向」など時計の針の向きで方向を指示したり、ホールドの位置や形状などを選手に知らせる。選手の技量に加えて、ナビゲーターとの連携も見どころのひとつだ。

世界トップクラスの日本人ブラインドクライマーが勢ぞろい

 その視覚障害クラスで存在感を放ったのが、男子B2の會田祥(あいたしょう)(三井住友海上あいおい生命保険)。柔軟性を活かしたしなやかな登りで予選の2本を登りきると、決勝でも見事に完登した。24歳の會田(あいた)は2012年、14年、16年に続き、昨年の世界選手権でも自身4個目となる金メダルを獲得した日本を代表するブラインドクライマーのひとり。久しぶりの大会で「緊張感があった」としつつも、「やはりクライミングは楽しいですね」と、充実した表情を見せていた。

男子B2の會田は柔軟性と保持力の高さで完登。世界王者の実力を発揮した

 男子B1で世界選手権4連覇中のレジェンド小林幸一郎(こばやしこういちろう)(NPO法人モンキーマジック)も予選を完登。ナビゲーターの白井唯(しらいゆい)さんと大会でペアを組むのは初めてだったが、決勝でも的確な指示を受けて次々と課題を乗り越え、観客を魅了する登りを見せていた。また、男子B3は、42歳で緑内障を発症する以前は健常のトップクライマーとして活躍した簑和田一洋(みのわだかずひろ)(放送大学大学院生活健康科学プログラム)が最高高度を獲得し、制した。簑和田も2014年の世界選手権で金メダルを獲得するなど、日本の視覚障害クラスの選手の多くが世界トップレベルにあり、その圧巻のパフォーマンスに観客からは大きな拍手が送られていた。

オブザベーションで男子B1の小林にルートを伝えるナビゲーターの白井さん(右)

それぞれの選手が障害特性に合わせた工夫を凝らして上を目指す

 切断クラスのAL1(車いす)は、車いすから降り、上腕の力のみで登る。今大会は男子2選手がエントリーし、仲間たちの声援を受けながら予選に挑んだ。日本選手権を制している大内秀之(おおうちひでゆき)(フォースタート)によれば、AL1(車いす)の国内競技人口はまだ数名だという。そして、「結果も大事だけど、フォーカスするのは自分自身。それがこの競技の魅力」と話し、「こうした大会でパフォーマンスを見せることで、車いすクラスの普及につなげたい」と力強く語ってくれた。

車いすから降り、登り始める大内。「車いすの選手が増えてほしい」と挑戦を続ける

 下肢障害の男子AL2は、結城周平(ゆうきしゅうへい)が右脚一本でうまくバランスを取りながら予選を2本とも完登。コースの難易度が上がった決勝は完登こそならなかったものの、体幹を使ってぐんぐん高度を上げ、1位となった。

体幹を使い、バランスを取りながら片脚を使って登る男子AL2の結城

 上肢障害の男子AU1は出場の3人が決勝に進出し、大沼和彦(おおぬまかずひこ)(土浦協同病院)が制した。大沼は左手しか使うことができないが、壁を引き寄せるように身体を近づけ、なるべく左右に振られないように脚で確実に蹴りあがり、最高高度を獲得した。大沼は決勝後、「自分の力が出し切れた」と笑顔を見せ、「久しぶりの大会を楽しみにしていたし、参加できてうれしかった」と、開催に向けて尽力した関係者に感謝していた。

 男子AU2は安良岡伸浩(やすらおかのぶひろ)(東京勤労者医療会東葛病院)が、序盤から確実な登りで決勝ルートを完登。神経障害クラスでは、男子RP3の高野正(たかのただし)(朝霞市立朝霞第九小学校教員)が左脚が動かしにくいハンディがありながら、決勝でも素晴らしい登りを見せ完登した。

 今大会は、女子選手も3人が出場。そのうち、B2に唯一出場した江尻弓(えじりゆみ)(東芝ウィズ)が決勝に進出。ナビゲーターと呼吸を合わせ、世界選手権銀メダリストの実力を発揮した。

女子選手で唯一決勝に進出し、存在感を見せた女子B2の江尻

関係者の願い「クライミングがもっと身近になるように」

 長きにわたって国内におけるパラクライミングの普及活動を行ってきた男子B1の小林は、日本パラクライミング協会の共同代表も務める。コロナ禍の中で今大会を開催できたことについて、「大きな進歩だ」と言葉に力を込める。そして、「コロナがあり、私自身、こんなにも心と身体のモチベーションが下がるのかと不安を感じていたし、みんなが競技から離れてしまうのではないかと心配していた。でも、こうして新設大会に多くの選手が集まってくれて、未来への一歩を踏み出せたと感じている」と続けた。

小林は協会の共同代表も務め、普及活動にも力を入れる

 東京2020大会でスポーツクライミングが新競技として採用されたのはオリンピック種目のみで、パラリンピック種目には採用されていない。世界チャンピオンを多数輩出しながら国内での競技の認知度は決して高いとは言えないが、健常クライマーや関係者の協力もあり、少しずつ競技人口は増えているという。「視覚障害、神経障害、切断、車いすと、どんな障害でも楽しめるのがクライミング。多くの障害者にとって、クライミングがもっと身近なものになることが私たちの願い。これからも普及活動を続け、国内での発展につなげていきたい」と、小林は語る。

 なお、シリーズ第2戦が来年3月に広島県で開催予定。日本選手権を兼ねる予定で、関係者は「ぜひ、エントリーを」と呼びかけていた。

ルートの適正や安全性は、ルートセッターが随時確認する
climbing/japan-series2020
大会を終え、集合写真におさまる参加者たち

(取材・文/MA SPORTS、撮影/植原義晴)