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パラスポーツインタビュー詳細

中川 英治さん(ブラインドサッカー)

中川英治さんの写真

©JBFA/H.Wanibe

プロフィール

名 前

中川 英治(なかがわ えいじ)

出身地

北海道

所 属

クーバー・コーチング・ジャパン

 サッカーコーチとしてプロ選手を育成し、2015年から2021年9月までブラインドサッカー男子日本代表のコーチとして活躍された中川英治さん。ブラインドサッカーとの出会いから、相手ゴール裏からゴールの位置や距離、角度を伝える選手たちの目としてフィールドに立つ“ガイド”としての役割、選手の強みを生かしたコーチングなどのお話を伺いしました。

東京2020パラリンピック競技大会での戦いを振り返って改めてどのように感じていますか?

 コロナ禍という状況もありましたが、まず選手たちをあの舞台に無事に立たせることができたということが、一番の喜びでした。そこが一番良かったと思います。また、選手たちにとっては夢の舞台だったので、十分なパフォーマンスができるようにしっかり準備できたというのもすごく良かったと思います。

初戦は4-0で快勝しました。

 4-0というスコアに関してはできすぎというか、よくできたかなと思っています。5月に「Santen ブラサカグランプリ 2021」という国際公認大会が日本であって、そこでもフランスと試合をして、その前から分析をずっとしてきたので、分析どおりに戦えたのではとないか思います。

中国、ブラジルに2連敗を喫して、5位決定戦に臨みましたね。

 僕たちの目標のひとつがセミファイナル(準決勝)に行くことだったので、中国に負けてそれが達成できなかったというのは、選手たちも僕たちスタッフも、チーム全体としてすごく残念な結果ではありました。そのような中で、5位決定戦に臨むのは、すごく難しい状況ではあったのですが、選手も一人ひとり最後のゲームに向けて気持ちを切り替えてくれました。監督も最後のミーティングで選手を奮い立たせてくれたので、選手たちはあの状況でよくやってくれたのではないかなと思います。

5位決定戦は雨の中での試合でした。黒田智成(くろだ・ともなり)選手がゴールを挙げ1-0で勝利して大会を終えました。5位という結果についてはどう捉えていらっしゃいますか?

 妥当な結果だとは思います。ただ、僕たちが目指していたのは、奇跡というわけではないですが、ひとつ乗り越えれば、目標に掲げていたセミファイナルでしたし、セミファイナルも何があるかわからないので、もしかしたらPK戦になったかもしれないです。だから、そこで終わってしまったというのが残念というか力不足でしたね。

©JBFA/H.Wanibe

中川さんとブラインドサッカーの出会いを教えてください。

 僕は28年前からサッカーコーチをしており、現在は所属しているクーバー・コーチング・ジャパンというサッカースクールでコーチの養成コースの責任者をやっています。7年前から、そのカリキュラムの中に障がい者サッカーを取り入れているのですが、これからコーチになる方々にとって、普段障がい者サッカーに触れ合う機会がないこと、またサッカーというものをもう一度考える時間にもなると思い、こうした取組を始めました。その際に、たまたま日本ブラインドサッカー協会の方と知り合う機会があり、依頼をして授業をしていただきました。

 2014年の授業の際に、デモンストレーションをしてくれた当時のブラインドサッカーの日本代表選手から、「プロのコーチから本格的に教わったことがないから、指導してもらえないですか」と相談をもらい、僕がパーソナルコーチとして、週1~2回のトレーニングをすることになりました。そこから彼の技術が上達していったことがきっかけとなり、2015年に男子日本代表監督に就任された、高田敏志(たかだ・さとし)監督から僕にオファーをいただき、11月から男子日本代表のコーチとして活動するようになりました。

コーチ養成コースのカリキュラムの中に障がい者サッカーを取り入れようと考えた理由は?

 サッカーといっても、プロのレベルのサッカーもあれば、育成年代の小学生や高校生、女子サッカーもあります。サッカーのコーチとして、これからどのような方々を指導していくかは人それぞれですが、ブラインドサッカーを体験することで、いろいろ学ぶことがあると思います。例えば、コミュニケーションの大切さや指導の方法、ダイバーシティなど、そういったことを一人ひとりが学ぶきっかけにもなるため、これは指導者として成長できる機会になると思い、取り入れることにしました。

 去年はコロナの影響で実施できなかったのですが、指導者コースの最後に行う指導実践で、盲学校の子どもたちにサッカーを教えるという実習を行っています。サッカーが好きな子どもたちを集めてもらって、そこにコーチを連れて行って、2時間くらい子どもたちにサッカーを教えます。子どもたちも良い体験ができますし、指導者にとっても、ものすごく良いチャレンジになっています。

中川さんにとってブラインドサッカーの魅力とは?

 僕たちは、アイマスクをしてフィールドに入って走りまわることも、ゴールを決めることもできません。でも、ブラインドサッカーのトップレベルの選手たちは僕の想像をはるかに超えるようなプレーをやってのけます。

 そうした選手たちを見ると、人間の可能性というか、限界を超えるということに取り組んでくれているので、尊敬というか感服してしまいます。サッカーの日本代表の選手や、ほかのスポーツの選手であっても、目隠しをして、あのプレーができるかというとできないのではないかと思います。そういう意味では、パラリンピックやオリンピックという大舞台に出る選手たちは、人にできないことをやる選手なので、尊敬というか賞賛されるべき存在じゃないかなと思います。

ガイドとしてフィールドに立つ時に心がけていることは?

 僕はガイドとして、簡潔に分かりやすく伝えることが一番大事かなと思っています。

 例えば、フィールドは縦が40メートルありますが、「38メートルの45度のところに走れ」って言っても言葉が長いし、プレーは途切れず続いているので局面が変わってしまいます。そこで簡潔に伝える方法として、“ワーディング”を活用しました。これは、例えば、試合が行われるフィールドを12分割して、それぞれのマスに番号をつけて、「1番に走れ」とか「1番に出せ」とか、1番にいる場合には「3番に出せ」というように、簡潔に伝える方法です。

 ブラインドサッカーのコーチになる前は、「百聞は一見に如かず」というように、長々と説明するのではなく、デモンストレーションを1回やることで、イメージを伝えて指導するということを28年間やってきたのですが、ブラインドサッカーの選手たちに教えるときはそれが全くできません。それでどうしようかと考えた時に、一つひとつ動きに言葉をつける“ワーディング”を行うことにしたのです。トレーニングの中で、戦術や新しい動きを行ったら、その場でワーディングします。それを行うことで、次にやる時に「A」と言うと「A」の動きができるようになるのです。

 ただ、情報が多すぎると混乱する可能性もありますよね。情報の与え方によって、選手の決断するスピードというのも変わってくるので、そのスピードがコンマ何秒か遅れると、シュートのチャンスを逃したり、相手に寄せられてボールを奪われたりという可能性があります。だから、僕はガイドとして、選手の決断のスピードに助けを与えるような情報提供を心がけています。

 本当は、選手が自発的に考えて判断するっていうのが一番良いと思っています。だから、場合によっては、あえて情報量を少なくして、選手に判断させるケースもあります。また、情報量が多いと混乱する選手もいますし、逆に多い方が安心できる選手もいるので、それぞれの選手に合わせて情報提供を行うようにしています。

©JBFA/H.Wanibe

見えていたけど見えなくなった選手、生まれつき見えない選手への指導はどうやって行っていますか?

 そこはブラインドサッカーの深みがあるというか、選手一人ひとりのバックグラウンドをよく知るということですよね。聞きづらいこともあると思いますけど、一緒に練習をしていく中で信頼関係も少しずつ生まれてきて、いろいろな話もできるようになります。目の病気の話では、いつぐらいから見えなくなったとか、進行する病気とか、手術をして義眼になったけどそれまでどうだったとかの話をしますね。目のこと以外にも、これまでの運動経験や、どんなところでどんな遊びをしていたかとか、移動や合宿の時に何気ない会話をすることで、バックグラウンドが分かってきますよね。

 あとはサッカーの経験を知ることも重要ですね。後天的に病気や事故などで視力を失った選手は、蹴り方やドリブルなどのイメージの共有が比較的スムーズです。一方で、生まれつき見えない選手のボールの蹴り方は、サッカーのイメージを持っていないため、選手それぞれ独自のものです。僕はサッカーのコーチですから、最初は正しいといわれている基本の蹴り方を教えていました。でも、その独自の蹴り方は、ある意味選手の個性だということに、早い段階で気づくことができました。「サッカー」の世界で正しい蹴り方が、「ブラインドサッカー」で正しいのか考えてみると、必ずしもそうではないのです。

 というのも、ブラインドサッカーでも、ゴールキーパーは目が見える選手がやります。サッカー経験のある人がやることが多いと思うので、これまでの経験をもとに、相手のシュートの蹴り方やタイミングを計って、セービングをするわけです。それに対して、生まれつき目が見えなかった選手はタイミングが違うわけです。蹴り方がちょっと違うので、キーパーは経験していないタイミングでシュートが来るので対応が難しくなる。こうした彼らの個性が強みになると考えたのです。

 後天的に見えなくなった選手は、サッカーのイメージがわくという強みがある。逆に先天的に見えない選手は予測できないようなプレーをしてくれる。どちらの強みもいかすことが、ブラインドサッカーの戦術を組み立てることにもつながってきます。

 情報処理のスピードは、視覚や聴覚、嗅覚などの五感のなかでも、視覚から得たリアクションが一番速いと思います。でも彼らは見えません。それではどうしているかというと、耳で聞いて、頭の中でビジュアル化する作業を行っています。簡単にいうと、目はカメラでいうレンズの役割ですから、晴眼者であればそこで情報を取って、写して、頭の中でビジュアルを描きます。彼らは音を聞いて、その作業を行っています。ということは、当然視覚から情報を得るよりも時間がかかるわけです。選手たちはトレーニングをしているので、目のレンズと同じくらいの速さで対応できると思いますけど、ビジュアル化のやり方は一人ひとり違います。

 もともと見えていた選手は僕たちと同じですが、生まれつき見えない選手は、僕たちと同じビジュアルを描くかどうかわかりません。また、ビジュアルを描くこと自体、早くできる選手もいれば、時間がかかる選手もいます。試合では、攻守がすばやく入れ替わり、ボールがたくさん動く、ポジションも変えていかないといけないわけですから、選手たちのビジュアルが追い付かないということも起こります。そういう時に大事になってくるのが、監督やガイドの声であり、そこの信頼関係がとても重要です。相手がいるかどうかもわからないし、ぶつかるかもしれないという状況のなかで、選手に「あと2メートル行け」と指示したときに、行っても大丈夫だという保証を与えることが大事で、そこに信頼関係が必要になるのだと思います。ただ、信じてくれと言ってもなかなか難しいですし、僕はコーチという立場から、日々のトレーニングを通して成長させていくことで、自然に信頼関係を築いていければと思っています。

選手と信頼関係を築くうえで大事にしていることは?

 それはすごく簡単で、選手の欲求を満たしてあげることです。なぜ選手がブラインドサッカーをやっているのかという欲求を知ることです。ブラインドサッカーをやる欲求があって、それをちゃんと満たしてあげることで、この人は欲求を満たしてくれる人だと選手は思うわけです。もちろん代表チームはエリートレベルの集団なので、短期的には「メダルを獲りたい」「試合に勝ちたい」ということですが、長期的な欲求としては「自分自身がより良くなりたい」「プレーヤーとしても良くなりたい」という思いが絶対あると思います。もっと言えば、今日よりも明日の方が上手くなりたい、練習をするのであれば、練習の前よりも練習が終わったあとにもっと成長している自分になる、という欲求があるので、簡単にいえば、僕たちがその欲求を満たしてあげればいいわけです。その結果として、信頼関係ができるというのが大原則ではないでしょうか。身の回りの世話をして選手のサポートをするなど、いろいろな役割がありますが、僕はコーチですから、この人と一緒にサッカーをやったら、自分が上手くなっていくし、良くなっていくということを実感させることができたら、信頼関係はおのずと生まれてくると思っています。

今後の目標は?

 パラリンピックが終わって、まだ頭の中を整理しているという段階です(笑)。

 代表チームもまだ新しい編成が決まってない(9月取材時点)ので、僕からはまだなんとも言えませんが、ブラインドサッカーに取り組むみんなが、障害や男女などに関係なく、サッカーを通じて日々を楽しみ、より良い生活を送ってもらえたらよいなと思っています。その手助けをするのが、僕たちではないでしょうか。

 スポーツというのは、「現実世界から離れる」というのが語源と言われていて、日々学校に行ったり、仕事をして疲れていても、グラウンドに行ってサッカーをしたりプールで泳ぐことで、心身ともに充実することができます。これがスポーツの魅力だと思うので、サッカーに限らず、いろいろなスポーツを通じて、いろいろな人の人生が豊かになってもらえれば良いなと思っています。