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パラスポーツインタビュー詳細

岡田 海緖さん(デフ陸上)

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プロフィール

名 前

岡田 海緖(おかだ みお)

出身地

東京都

所 属

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社

 2025年に開催されるデフリンピック東京大会はデフリンピックが始まって100周年となる記念すべき大会です。デフ陸上の800mと1500mの2種目で日本記録を持つ岡田海緖選手に陸上競技との出会いから心に残っているレース、東京で開催されるデフリンピックへの想いなどを伺いました。

ご自身の障害について教えてください。

 両親ともろう者(※)で、私は生まれつき両耳に障害がありました。両耳ともに聴覚レベル100デシベル超の重度の難聴で、これはジェット機が近くに来ない限り聞こえないくらいの聴力です。

(※)聴覚障害者を下記のように分類することがあります

難聴者:聞こえにくいけれど、まだ聴力が残っている人で、補聴器を使って会話できる人から、わずかな音しかはいらない難聴者までさまざま

ろう(あ)者:音声言語を習得する前に失聴した人で、多くは手話を第一言語としている

参考:「障害のある人のスポーツ指導教本(初級・中級) 2020年改訂カリキュラム対応」

一般の学校とろう学校とどちらに通われたのですか?

 小学校に入る前は、一般の保育園と、ろう学校の幼稚部の両方に通いました。健聴者とろう者の両方の世界を経験させたいという両親の想いもあり、週に3日はろう学校、週に2日は一般の保育園に通う時もありました。小学校に入学する時は、両親からどちらへ進みたいか自分で決めてよいと言われ、私は第一言語が日本手話ですので、手話でコミュニケーションをとれる環境がいいなと思い、ろう学校を選びました。中学と高校もろう学校に通い、大学は一般の大学で過ごしました。

陸上競技に出会ったのはいつですか?

 両親が陸上競技をやっていて、父が所属していた陸上競技チームの練習によく連れて行ってもらい、「一緒に走る?」と周りの人に言われて、走ってみたことがきっかけです。幼い頃からやんちゃで身体を動かすことが大好きだったので、いろいろなスポーツを経験しました。特に、走ることが大好きだったのですが、ろう学校では生徒数が少なく、部活の数が限られていて女子バレーボール部に所属しました。陸上競技は高校から本格的に始めました。

デフ陸上と一般の陸上競技の違いは何ですか?

 例えば、デフ陸上ではトラック種目でスタートランプを使用します。スタートの合図として足元が光って、みんなそれを見てスタートします。赤、黄色、緑のランプになっています(※)。陸上のスタートではピストル音が鳴るのをイメージすると思いますが、デフ陸上の場合はピストルも無音で、その中で一斉にスタートするところがおもしろいと思っています。

(※)スタートランプの色を変えることで、視覚的に情報を伝える。赤は「オン・ユア・マークス(位置について)」、黄色が「セット(よーい)」、緑が「バン(スタート)」となる。(中長距離走の場合は、黄色の「セット(よーい)」は無し。)

岡田選手は仕事をしながら日々練習を続ける

得意種目は何ですか?

 中距離が好きで、全校参加型の関東ろう学校陸上大会という行事では800メートルを選んで走っていました。短距離(100、200、400メートル)をやるには瞬発力がなく、長距離(5000、10000メートル)もあまり得意ではなかったので、真ん中の中距離(800、1500メートル)を選びました。苦しいですが、800メートルは楽しいです。特に、駆け引きが楽しくて、最初の位置取りや最後のスパートでやりがいを感じますね。ラストスパートの部分では、耳が聞こえる人は足音などの音で後ろから追われている気配を感じるのでしょうが、私は影を見ます。天候などの影響で影が見られない時は後ろを振り向くこともあります。ですから視覚情報がとても大事です。

これまで健常者の大会に出たことがあるんですよね。

 高校時代はインターハイ予選会に出場しました。各地区の予選を突破して東京都大会に出場することができましたが、決勝に残ることはできませんでした。力不足でしたね。東京都の高体連の大会では、ご厚意でスタート位置を調整してくださったこともありました。スタート時に一番外側のレーンになると前の人が見えないんです。ですから、内側のレーンにしてもらって、前の人が視野に入るようにスタートのタイミングがわかるよう、調整していただきました。

大学は、日本女子体育大学に通われたそうですね。

 高校生のとき、大学のオープンキャンパスに行ったのですが、そこで偶然、陸上競技のコーチと出会ってお話をする機会がありました。コーチから「ぜひ、うちにおいで」と声をかけてもらい、その大学への進学を決めました。コーチとは今も連絡を取り合っていますし、いろいろとご指導いただいています。

大学ではどのように授業を受けたのですか?

 「ノートテイク」というボランティア制度があります。授業中は、学生のボランティアふたりに私の両脇に座ってもらい、講義の内容をメモに書いてもらって、それを見ながら授業を受けました。先輩、後輩、同級生と、いろいろなボランティアの方がノートテイクをしてくださいました。大学にもよりますが、今はパソコンを使ってノートテイクをすることもあれば、大学側が手話通訳をつけて授業を受けられるようにしているところもあるようです。

海外での初レースはどの大会でしたか?

 2016年にブルガリアで開催された「第3回世界デフ陸上競技選手権大会」に出場しました。人生初の海外でのレースでとても緊張しましたが、出場した全てのレースで入賞することができました。 その一方で、海外の選手と一緒に走って「差」を感じました。海外の選手はラストスパートのところでスピードのある人が多かったですし、海外の選手と比べると私は背が小さいので、走る時のストライドが全然違うんです。だからうらやましいなって思いました。

初めてデフリンピックに出場したのはいつですか?

 大学2年生のときです。2017年にトルコで開催された第23回夏季デフリンピック競技大会サムスン2017(以下、サムスン大会)が初めての出場となりました。すごく緊張しました。暑い気候や現地の食事など環境への順応に苦労しましたが、非常にいい経験になりました。

2022年にはブラジルで開催された第24回夏季デフリンピック競技大会 ブラジル2021(以下、ブラジル大会)にも出場されました。

 本来は2021年開催の予定でしたが、コロナ禍の影響により1年延期になりました。自分にとって2回目のデフリンピックということで、トルコでの悔しさを払拭するためにも、メダルを日本に持ち帰ることを目標にレースに臨み、1500mで銅メダルを獲得することができました。

2度目の出場となったデフリンピック ブラジル大会で銅メダルを獲得

ブラジル大会では、ウクライナの選手とも交流があったそうですね。

 ウクライナの選手はデフリンピックの前に国が大変な状況になり、以前から交流があった選手に「私に何かできることがある?」とチャットで声をかけました。結果的には5月にブラジルで会うことができて本当にうれしかったです。

海外の選手とはどのようにお話をされるのですか?

 国際手話という、それぞれの国の手話が混ざったような手話でコミュニケーションをとって、海外の選手たちと交流しています。海外の選手たちと交流する機会が増えることもデフリンピックの魅力だと思っています。国際手話は、デフリンピックの大会前に強化合宿で講習会があり、そこで勉強しました。

1番心に残っているのは、どの大会ですか?

 1番印象に残っているのは、大学4年生のときに出場した関東学生陸上競技対校選手権大会(関東インカレ)です。聴覚障害選手で女子800mに出場したのは私が初めてだったようで、スタートランプをつけてくださったり、レーンの場所も調整したりしていただきました。ろう学校の先生やお友達、それに家族も喜んで応援してくれました。もともと走ることが好きで陸上競技を始めましたが、私が走ることを喜んでくれる人がいることに改めて気づき、もっと頑張ろうと思うようになりました。4年間目標にしていた大会でメダル獲得や好タイムを残せたわけではありませんでしたが、それ以上に大切なレースになり、私の競技人生においてとても心に残るものになりました。また、トルコとブラジルでのデフリンピックに出場できたことも自分としては印象深い大会となりました。

今年は初めて東日本実業団選手権に出場されたと伺いましたが、出場していかがでしたか?

 東日本実業団選手権には、デフの選手たちもたくさん出場しています。スタートランプも使用しました。大きな大会なので有名な選手もたくさんいて、「あの選手がいる!」と少し浮かれ気分もありましたが、自分が走る時はちゃんと切り替えて臨みました。

現在、デフ陸上で2つの日本記録保持者です。

 800メートルと1500メートルの2種目で日本記録を持っています。どちらも大学生のころに出した記録なので、大学時代の自分に勝ちたいと思っています。自分に勝てるように頑張ります。

お仕事をしながら競技をされていますが、どのように両立されていますか?

 基本的には午前中に仕事をして、午後に練習という形で、会社にはアスリートとして配慮していただいています。大学2年生のときに出場した2017年のサムスン大会でメダルをとれなかった悔しさから、無念を晴らしたいという気持ちがあり、卒業後も競技を続けられる環境を探しました。

 現在は、週に1回出社してあとは在宅勤務をしています。体の調子に合わせてオフ日を作ることもありますが、練習は週に6日やっています。

練習はどのように行っていますか?

 ポイント練習という高い強度の練習は、大学生と一緒にやっています。その他の、ジョグや体力づくりといった基本の練習はひとりでやったり、他のデフのアスリートと一緒に練習することもあります。

オフの日はどう過ごしていますか?

 犬と一緒に遊んだり、ドライブに行ったりします。車が好きなので、週末の空き時間には、無心で車を洗ってピカピカにします。きれいになると気持ちがいいんです。

 犬の名前はラブちゃんとテラちゃんです。スマートな体つきなので、走るのが速いんです。もうおばあちゃんになりましたが、若い頃は60メートルを4秒くらいで走っていて、私はそれに追いつくことができませんでした。

今後のレース予定について、教えてください。

 今年は国際大会の出場は未定ですが、2024年には「第5回世界デフ陸上競技選手権大会」が台湾・台北市で行われ、2025年には東京で「第25回夏季デフリンピック競技大会」が開催されます。その2大会を目標に、日々トレーニングを行っています。

デフリンピックでは、どういうところに注目してほしいですか?

 デフリンピックの魅力といえば、手話です。目で見て楽しんでほしいです。手話はそれぞれの国や文化によって違うので、他の国の手話を知るのもおもしろいと思います。

デフリンピックでは様々な国の手話を見て楽しんで欲しいと岡田選手

今後の目標をお聞かせください。

 2025年に東京で夏季デフリンピック競技大会が開催されます。日本でデフリンピックが開催されるのは初めてなので、これまでの競技生活でお世話になった皆さんへの感謝の気持ちを金メダル獲得という結果でお返ししたいと思います。応援よろしくお願いします。